ラッコのひとりごと

統合失調症の東大理系OBが科学を棄て、最後の試練(司法試験)に挑む

僕の弁護士としての最終目的は

右も左も分からないが、ひたすら歩く

皆様こんばんは。
さて司法試験予備試験(以下、予備試験)の牙城を如何にして崩していくか、これが僕に与えられた第一の難関になりそうです。

しかし甘えてはいられませんし、仕事もしていないので贅沢もできません。そのようなわけで、どうやって安い予算で効率的に合格まで自らを導くことができるか、これが第一課題です。

そこでまず購入したのが次のリンクのようなテキストでした。これは資格予備校業界の最大手とも言える、LECが出している出版物になります。かなり大判で、しかも全てのページに文字がぎっしり詰まっていて、そしてそれが600ページにも及びます。

さらに恐ろしいことには、テキストだけでこのようなものが全部合わせて19冊もあります。
これに問題集、過去問集、判例集なども加えるとなると、気の遠くなるような分量になりますね。さすがは司法試験、と言ったところでしょうか。
もちろん一気に全部は買いません。順繰りに一つずつ片付けていきます。

予備校に入学したら、これの内容をさらに詳しく分かりやすく説明してくださるのでしょう。あるいはひょっとしたら、もっとわかりやすいテキストが用意されているのかもしれませんね。
ですが資産を切り崩して生きている僕には、今のところこれしか道がないのです。

ひとまずこのまま、ひた進みます。

僕が目指す弁護士像 〜障害者を取り巻く差別や偏見と闘うこと〜

僕は今まで障害者として、作業所や職場など、およそありとあらゆるところで虐げられてきました。それは前回の記事に詳しく書いてあります。
その結果、健常者による障害者に対する偏見や差別の念は、世間や社会に、まだまだ極めて強く根付いていると感じました。

そこで、僕はそのような障害者代表の弁護士として、そのような悪しき作業所や企業などと、真っ向から対峙したいと考えたのです。
弁護士の欠格事項には障害もあるとは思うのですが、障害者手帳3級レベルなら、支障はなさそうに思います。
そして僕が司法試験に最終合格できるころには、そのように快復してきているはずです(そう信じたいのです)。

僕は障害者の方にのしかかる、差別や偏見と闘う弁護士以外の道を、今は考えていません。そしてその道は、今まで障害者当事者として数々の修羅場に関わってきた僕にとって、まさに天職と言えると考えています。

弁護士として数々の悪しき作業所や企業と闘い、社会的世間的に弱者だと、不本意にも見なされている障害者のすべての方々を、元来のあるべき立ち位置に戻せたら、その時には僕のあらゆる目的は達成されたと言えるのかもしれませんね。

統合失調症を患って今は逆に感謝している

僕が作業所との不和によって、統合失調症の急性期を再発させてしまったことは、これまた前回の記事に詳しいです。

ですが、統合失調症の急性期による観念奔逸・自生思考(自分の頭の中で勝手に次から次へと考えが湧いてくる)があったがゆえに、僕は最終的な『司法試験 & 予備試験の受験を決意する』という境地に至ることができました。
これはおそらく僕が統合失調症であったがゆえに、頭の中で絞り出せた究極にして最終的な決断だったのではないかと思います。

僕は某SNSで支えになってくださる多くの方々、このブログを読んでくださる皆様方、主治医の先生、そして親に感謝していますが、一番感謝しなければならない対象は、実は自分の中の統合失調症という『病気 ※1』なのではないかと思います。

※1 僕が敢えて障害と言わず、病気と表現する理由 〜作業所で受けた悪魔の教えを考えて〜

僕は前の悪しき作業所にて、
「病気ではなく障害、さらには個性だと思え」という最低の教えを受けましたが、これは僕の中で完膚なきまでに邪悪な教えになりつつあります。

すなわち僕はこう思うのです。
『障害や病気が個性? なら僕らは一生こうなのかよ? そんなことがあってたまるか !!』と。

その悪しき作業所に、一言物申したいのは、僕には産まれつき『統合失調症』という個性などなかったということです。僕は後天的な能力低下の諸悪の根源(統合失調症のことです)を個性などと言い張るまでに、お人好しではありません。

僕が言いたいのはこういうことです。すなわち
『病気なら治る可能性がある。今は治らなくても、いつか薬が発明され、失われた認知機能も回復できるようになるかもしれない』と。

ところが一方で、自分のことを障害、ひいては個性と認識してしまうとどうでしょう。一生治る気がしなくないですか?
治る可能性のあるものを治らないと言って、『足るを知る』を教え込もうとするのは、全て僕には、衣類だけ綺麗に着飾った偽善者の教えにしか見えません。

かの手塚治虫の『ブラック・ジャック』も、
「治す気のない患者は治せない」
というように述べています。これが本当のところだと思います。障害者を社会復帰に導くはずの作業所が、障害者に治す気を喪失させて、一体どうするのでしょう。

国が現在のところ、どの種類の病気の方も『障害者』と規定しているので、止むを得ずそれに従いますが、障害者の方全てに勘違いしていて欲しくないこと、諦めないで欲しいことがあります。

教えとは常に希望を与えるものでなければならない

すなわち僕は、
『みなさまはすべて治る可能性、良くなる可能性を秘めていらっしゃる。だから決してそれらを諦めずに、日々できる範囲のことを継続していきましょう!』と思い、そしてそれを信じているのです。

僕が自らの統合失調症の一部に感謝していることは事実ですが、だからと言って、治したくないわけではありません。これは大多数の統合失調症患者の方もそうでしょう。

僕はすべての障害者の方に対する、健常者及び世間の間違った思い込みを正すことに今後の人生を捧げます。
それと同時に研究医の先生方にも、僕らのような障害者の方々を、一刻も早く治せる薬の開発をお願いしたいですね。

という事で、FP2級合格発表まであと3日あるのですが、書くことができたのでその間に一つ記事を挿入させて戴きました。次の記事はおそらく3月6日になるでしょう。それでは、また次回もよろしくお願いいたします。